二股落葉松の伝説
100年ほど前のこと、麦草峠に落葉松の種が飛び降りた。その頃はもちろん今のような国道は無く、草原は森の保水能力を超えた水がじわじわと染み出す湿原的な草地で、茶水の池は瑞々しさと神秘さを保っていた。
麦草峠に舞い降りた落葉松の種はゆっくりゆっくりと成長を続けた。ところが10年ほどたった時に激しい嵐がやってきた。10才の若い落葉松は強風のために先端が真っ二つに裂けてしまったのである。気象変化が激しい亜高山の風雪の中、枯れて朽ちるはずの落葉松は、その後も幾度と無く引き裂かれてしまいそうな嵐を乗り越え、大切な幹を守りながら成長し続けていった。
八ケ岳連峰に位置する麦草峠は諏訪の平と佐久の平を東西に分ける分水嶺だ。その為常に西風が吹き、時には激しく二股になった落葉松をいじめた。だが落葉松は、生きることを妨げる強い圧力や、激しい気象変化が訪れれば訪れるほど、二つに裂けた幹は強固に結びつこうと頑強な年輪を刻み続けた。
落葉松の種が草原に飛来してから100年の時が過ぎる頃、この落葉松は麦草峠の象徴というべき樹木となっていた。そして不思議なことに「二股落葉松に願いを告げると人と人との関係が優しく密に繋ると」言われるようになった。噂を聞いて訪れる人は時に恋人であり、時には夫婦であった。そして友人や仲間たちが願いを告げに来るようになった。
明日はどんな繋がりを聞き入れてくれるだろうか。今この二股落葉松は『結びの落葉松』と呼ばれるようになった。